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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)222号 判決 1996年3月27日

東京都東村山市廻田町3丁目19番13号

原告

蒔田義夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

鈴木誠

園田敏雄

幸長保次郎

伊藤三男

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成3年審判第21357号事件について、平成5年11月2日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年2月18日、名称を「液化石油ガス供給装置」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、実用新案登録出願をしたが、平成3年10月8日に拒絶査定を受けたので、同年11月5日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成3年審判第21357号事件として審理したうえ、平成5年11月2日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月4日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

低圧側に、安全弁の作動ガス圧より低い気密検定基準を基に製造された元栓類、ガス燃焼器類、安全装置類、ガス導管継目などの中の一つ以上を設けた欠陥を具有する従来の液化石油ガス供給装置の安全弁付き調整器2を排除して、代わりに、安全弁の作動ガス圧の許容下限を従来の水柱560mm以上より高い水柱570mm以上にした安全弁を設け、ガス出口側に設定以上のガス圧で作動する自動遮断装置7を設けた調整器6を高圧ボンベ1と前記各種ガス器具との間に設けた構造の液化石油ガス供給装置。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願考案は、本願出願前日本国内において頒布された刊行物である特開昭51-22297号公報(以下「引用例」という。)に記載された考案(以下「引用例考案」という。)に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるので、実用新案法3条2項の規定により登録を受けることができないとした。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由中、引用例の記載事項並びに本願考案と引用例考案との一致点及び相違点1、2の各認定は認め、各相違点についての判断及び結論を争う。

審決は、本願考案の本質を誤解して、相違点1、2についての判断を誤った(取消事由1)ものであり、また、実用新案法3条の2の規定に違反している(取消事由2)から、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(本願考案の本質の誤解に基づく、相違点1、2についての判断の誤り)

(1)  本願考案は、プロパン用の液化石油ガス供給装置の欠陥の解明と、その解明に基づいて考案された欠陥の解決法に関するものであり、2つの重要な限定と構造によって構成されている。

その第1は、本願考案の要旨の前半の「低圧側に、安全弁の作動ガス圧より低い気密検定基準を基に製造された元栓類、ガス燃焼器類、安全装置類、ガス導管継目などの中の一つ以上を設けた欠陥を具有する従来の液化石油ガス供給装置の」に示された本願考案の課題である「欠陥を具有する」によって表現されている用途の限定であり、本願考案の中心的構成要件である。

第2は、その後半の「安全弁付き調整器2を排除して、代わりに、安全弁の作動ガス圧の許容下限を従来の水柱560mm以上より高い水柱570mm以上にした安全弁を設け、ガス出口側に設定以上のガス圧で作動する自動遮断装置7を設けた調整器6を高圧ボンベ1と前記各種ガス器具との間に設けた構造」であり、本願考案の重要な構成要件である。

したがって、本願考案の審査・審判に際しては、引用例に、上記第1の限定及び第2の構造が記載されているかどうかが審理の対象となっていなければならない。

ところが、審決では、本願考案の中心的構成要件である上記第1の限定が審理の対象となっておらず、かつ、引用例には、本願考案の重要な構成要件である上記第2の構造の記載がなく、審決は、この点で誤りである。

(2)  本願明細書(甲第2、第3号証)及び引用例(甲第4号証)に示されている従来の液化石油ガス供給装置は、液化されたプロパンを充填したガスボンベ、減圧弁と安全弁を内蔵した調整器、メーター、ガス栓(元栓)、ガス燃焼器などの順で連結構成され、減圧弁を境に、ガスボンベ側が高圧側、ガス栓側が低圧側である(甲第2号証第1図、甲第4号証11頁第1図)。

この調整器内の減圧弁が経年劣化して、ガス使用停止中に、閉じられている減圧弁から高圧ガスが漏洩して、低圧側のガス圧が設定以上に高くなる場合がある。低圧側のガス圧が設定以上に高くなると、屋内のガス栓などからガスが漏洩する危険があるので、安全対策として調整器内に安全弁を設け、安全弁が上方に開いて余分なガスを大気中に放散し、低圧側のガス圧を設定以下に保つようになっている。

しかし、このような構造及び安全弁が正常に機能して安全を保つには、ガス栓や継目などの気密を安全弁の作動ガス圧(気密)よりできるだけ高くしなければならない。ところが、従来の安全弁がガスを放散するようになる作動ガス圧水柱560~840mm(気密でもある)に対し、ガス栓などの気密は水柱420mm以上になっていて高低が逆になっている。

そのために、従来の液化石油ガス供給装置は、劣化した減圧弁からガスが漏洩して低圧側のガス圧が高くなった場合、ガスは安全弁から放散しないで、気密が低いガス栓などから漏洩し、従来の多くのガス事故の原因となるという欠陥を有している。

また、安全弁が作動したとしても、プロパンガスは、空気より重いため、安全弁から放散されたガスが下水溝や盆地に滞留したり、風などの条件によって建物の床下に侵入したりして、引火爆発することがあり、事故にならない場合であっても、安全弁から大量のガスが放散され、無駄になり、不経済である。

(3)  本願考案は、前記諸課題を解決する方法として、次のような構成を採用した。

第1に、従来の液化石油ガス供給装置の調整器とガス栓などとの間に設定以上のガス圧になると作動する自動遮断弁を設ける。

このようにする理由は、ガス使用停止中に減圧弁から高圧ガスが漏洩して低圧側のガス圧が設定以上に高くなった場合、自動遮断弁がガス路を閉じるので、屋内の気密が低いガス栓などからガス漏れしなくなる。

第2に、安全弁の従来の作動ガス圧は上限水柱840mm下限は水柱560mmであるが、本願考案では、その下限を従来より高い水柱570mmにして、上限は設けない。

このようにした理由は、次のとおりである。

弁座に減圧弁が圧接して高圧ガスを遮断する圧力は、ダイヤフラムに上方向に作用するガス圧により生じるから、減圧弁からの高圧ガス漏洩を確実に遮断するためには、低圧側のガス圧が高くなり、弁座に対する減圧弁の圧接力も強くなるようにしなければならず、そのためには、従来の安全弁の作動ガス圧をできるだけ高く設定して、ガス栓などの気密はそれよりもさらに高くしなければならない。

ところが、従来の安全弁の作動ガス圧が低すぎるため、減圧弁から高圧ガスが漏洩した場合、安全弁からガスが放散するか、又は、それより気密が低いガス栓などからガスが漏洩するため、低圧側のガス圧がそれ以上に高くならず、ダイヤフラムに作用する圧力もそれ以上に強くならないので、弁座に対する減圧弁の圧接力もそれ以上に強くならないから、減圧弁からの高圧ガス漏洩を遮断できない。

従来の液化石油ガス供給装置の構造の場合、安全弁の作動ガス圧を従来より水柱10mmだけ高くしても、減圧弁から高圧ガスが漏洩した場合の低圧側のガス圧も相応に高くなり、弁座に対する減圧弁の圧接力も相応に高くなって、減圧弁の高圧ガス遮断力も相応に高くなる機能になっているので、ガス栓などの気密とともに、安全弁の作動ガス圧は高くするほど、減圧弁の高圧ガス遮断機能も高くなり、かつ、安全弁から放散するようになった場合のガス量も少なくなるから、本願考案では、安全弁の作動ガス圧の上限は設けなかったものである。

本願考案のように、調整器とガス栓などとの間に自動遮断弁を設け、安全弁の作動ガス圧を高圧側のガス圧に近接させると、安全弁を排除したのと全く同じ効果を得ることもできる。

(4)  課題の原因である従来の液化石油ガス供給装置の欠陥が解明されない限り、課題の解決法は得られないところ、プロパンガスを民生用燃料として利用するようになってからの歴史は浅いため、関連技術の研究発展も遅れており、関連資料が少ないので、上記従来の液化石油ガス供給装置の欠陥に関する資料は存在せず、引用例にも、これら欠陥に関連する記載はなく、上述の課題は開示されていない。

このように、本願考案が解決しようとする課題である従来の液化石油ガス供給装置の欠陥に関する資料はなく、引用例考案においても、この欠陥についての認識はないから、その解決法の発想はありえず、したがって、引用例考案の構成から、本願考案が従来の液化石油ガス供給装置の欠陥を解決するために採用した審決認定の相違点1、2に係る構成を想到することは当業者にとってきわめて容易であるとは到底いえない。

そして、本願考案は、上記のとおり、従来の液化石油ガス供給装置の調整器とガス栓などとの間に設定以上のガス圧になると作動する自動遮断弁を設け、安全弁の作動ガス圧の下限を従来より高い水柱570mmにして、上限は設けない構成とすることによって、従来の液化石油ガス供給装置の欠陥を根本的に解消するという顕著な作用効果を奏するものである。

(5)  以上のとおりであるから、審決が、本願考案の相違点1、2に係る構成を想到することは当業者にとってきわめて容易であり、よってもたらされる効果も格別顕著であるとは認め難いと判断したことは誤りである。

2  取消事由2(実用新案法3条の2の規定違反)

引用例記載の発明の発明者及び出願人は、本願考案の考案者及び出願人と同一人であるので、実用新案法3条の2(平成5年法律第26号による改正前のもの。以下同じ。)のかっこ書及び但し書の規定により、引用例考案と本願考案とが同一であっても、登録を受けることができるものであるから、審決の判断は、同規定に違反し、違法である。

第4  被告の反論の要点

審決の認定及び判断は正当であって、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  引用例(甲第4号証)には、低圧側にガス栓5(本願考案の「元栓類」に相当する。)、ガス器具栓7(本願考案の「ガス燃焼器類」に相当する。)を、調整器内に安全弁2aを、それぞれ設けた液化石油ガス供給装置が示され(同号証11頁第1図)、「ガス栓5の気密は、検定基準は水柱420mm以上」(同8頁左下欄17行)、「調整器内安全弁2aの作動ガス圧は、弁2cが開かれた際の正常な最高ガス圧で作動しないように高く設定されている。(作動ガス圧・700±140mm)」(同9頁右上欄7~10行)と記載されて、ガス栓5が安全弁2aの作動ガス圧より低い気密検定基準を基に製造されたものであることが示されているから、「欠陥」を具有する液化石油ガス供給装置が引用例に記載されていることは明らかである。

したがって、引用例考案において、本願考案の「低圧側に、安全弁の作動ガス圧より低い気密検定基準を基に製造された元栓類、ガス燃焼器類、安全装置類、ガス導管継目などの中の一つ以上を設けた欠陥を具有する液化石油ガス供給装置」の構成は開示されている。

安全弁の点について、審決は、相違点1として、「安全弁が、本願考案においては、調整器に内蔵されているものであるのに対し、引用例のものは、調整器とは別体に調整器の下流側で自動遮断装置の上流側に設けられるものである点」(審決書5頁7~11行)を挙げ、相違点2として、「安全弁の作動ガス圧が、本願考案のものにおいては許容下限を従来の水柱560mm以上より高い水柱570mm以上にしたものであるのに対し、引用例には、放出用安全弁10の出口側に作動ガス圧が低い自動遮断装置11を併設すると、放出用安全弁10の作動ガス圧を高く設定できる旨記載されている点」(同5頁13~19行)を挙げているのであるから、本願考案の「安全弁付き調整器2を排除して、代わりに、安全弁の作動ガス圧の許容下限を従来の水柱560mm以上より高い水柱570mm以上にした安全弁を設け、ガス出口側に設定以上のガス圧で作動する自動遮断装置7を設けた調整器6を高圧ボンベ1と前記各種ガス器具との間に設けた構造」を相違点として認定している。

したがって、審決は、本願考案の本質を理解して、本願考案と引用例考案の一致点、相違点を認定しているから、審決に原告主張の誤りはない。

(2)  引用例(甲第4号証)には、従来の液化石油ガス供給装置においては、供用期間中に導管、ガス栓等の気密性劣化に伴って、これらから、安全弁が作動する圧力より低圧でガスが漏洩するという問題があること、及び、この問題を解決するために調整器2とガス栓との間に自動遮断装置11を設け、これによって、上記問題を解決することが記載されている。

したがって、引用例考案は、本願考案の安全弁が調整器に内蔵されたものである点及び安全弁の作動ガス圧が水柱570mm以上である点で相違するものの、本願考案と同様の課題を解決したものであるということができる。

そして、安全弁を調整器に内蔵した構成は周知であり、安全弁の作動ガス圧が通常水柱560mm~840mm(水柱700±140mm)であることも、引用例に記載されているように従来周知であるから、安全弁の作動ガス圧の下限を水柱570mmとしても、通常の範囲以内であることに変わりはない。

また、引用例に示されている安全弁と減圧弁とを組み合せた従来の調整器(甲第4号証11頁第7図の調整器2)において、安全弁の作動ガス圧を高くすることによって、弁座に対する減圧弁の圧接力が強くなり、したがって減圧弁による高圧ガス遮断力も強くなることは、当業者がきわめて容易に予測することができる程度のことである。

したがって、本願考案は、引用例考案に基づき、上記周知事項を参酌することによって、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、審決の判断に誤りはない。

2  取消事由2について

実用新案法3条2項の規定は、出願前公知・公用の技術(同法同条1項各号に規定する考案)に照らして新規な考案であっても、出願前公知・公用の技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができた考案については実用新案登録を受けることができないことを定めた規定であり、この場合、上記公知・公用の技術が出願人の考案に係るものであるか否かは関わりのないことである。

同法3条の2の規定は、いわゆる先願権の拡大を図ることをその趣旨とするものであり、後願の考案が先願の明細書に記載された考案(又は発明)と同一である場合はその考案については実用新案登録を受けることができないことを規定し、併せて、後願の考案者が先願の考案者(又は発明者)と同一の場合、又は後願の出願人が後願の出願の時に、先願の出願人と同一である場合は、上記規定の適用を除外することを規定したものである。

したがって、同法3条2項と3条の2は、全くその趣旨を異にする規定である。

引用例考案は、本願考案に対して出願前公知の関係にあるから、審決は、同法3条2項を適用したのであり、何ら違法の点はない。

第5  証拠関係

証拠関係は記録中の証拠目録の記載を引用する。書証の成立についてはいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(本願考案の本質の誤解に基づく、相違点1、2についての判断の誤り)について

(1)  本願考案と引用例考案とが、審決認定のとおり、「低圧側に、安全弁の作動ガス圧より低い気密検定基準を基に製造された元栓類、ガス燃焼器類、安全装置類、ガス導管継目などの中の一つ以上を設けた液化石油ガス供給装置において、ガス出口側に設定以上のガス圧で作動する自動遮断装置を設けた調整器を高圧ボンベと前記各種ガス器具との間に配設し、且つ、調整器には安全弁が組み合わされている構造の液化石油ガス供給装置。」である点で一致すること(審決書4頁15行~5頁3行)、両者は、相違点1として、「低圧側のガス圧が所定圧以上になったとき作動してガスを放散する安全弁が、本願考案においては、調整器に内蔵されているものであるのに対し、引用例のものは、調整器とは別体に調整器の下流側で自動遮断装置の上流側に設けられるものである点」(同5頁6~11行)と、相違点2として、「安全弁の作動ガス圧が、本願考案のものにおいては許容下限を従来の水柱560mm以上より高い水柱570mm以上にしたものであるのに対し、引用例には、放出用安全弁10の出口側に作動ガス圧が低い自動遮断装置11を併設すると、放出用安全弁10の作動ガス圧を高く設定できる旨記載されているものである点」(同5頁13~19行)において、相違することは、原告も認めるところであり、当事者間に争いがない。

そして、本願考案の要旨における「欠陥を具有する」とは、本願明細書(甲第2、第3号証)の記載に照らせば、「低圧側に、安全弁の作動ガス圧より低い気密検定基準を基に製造された元栓類、ガス燃焼器類、安全装置類、ガス導管継目などの中の一つ以上を設けた・・・従来の液化石油ガス供給装置」においては、「低圧側のガス器具の各種継目や嵌合部分などが経年劣化して、その気密が安全弁2cの最高作動ガス圧水柱840mmの前後以下まで低下した場合、劣化した減圧弁2aと弁座2bの間から高圧ガスが低圧側に漏洩しても、安全弁2cから過剰ガスが大気中に放散されるか、屋内の閉められている元栓や器具栓その他の低気密部分から漏洩するようになると、低圧側のガス圧はそれ以上に高くならないので、弁座に対する減圧弁の圧接力もそれ以上に強くならないため、減圧弁からの高圧ガス漏洩を遮断できなくなる。即ち、当初に意図した減圧弁から高圧ガスが漏洩した場合、低圧側のガス圧上昇に伴い弁座に対する減圧弁の圧接力が強くなる筈の機能が、安全弁の作動ガス圧や低圧側ガス器具全体の気密が低すぎるために働かなくなり、閉めてある元栓や器具栓その他から高圧ガスが漏洩して事故原因になつており、それは致命的欠陥になつている。」(甲第2号証明細書5頁13行~6頁10行)ことを意味すること、すなわち、安全弁の作動ガス圧より低く定められている従来の気密検定基準に基づき製造された元栓類、ガス燃焼器類、安全装置類、ガス導管継目などを設けた液化石油ガス供給装置においては、経年劣化により気密が低下し、減圧弁から高圧ガスが漏洩した場合に、安全弁の作動ガス圧や低圧側ガス器具全体の気密が低すぎるために、閉めてある元栓や器具栓その他から高圧ガスが漏洩してしまって、低圧側のガス圧上昇に伴い高圧ガス漏洩を遮断する減圧弁の機能が働かず、高圧ガスの漏洩を防ぐことができないため、事故原因になることをもって、「欠陥を具有する」としているものと認められる。

そして、本願考案が、従来の液化石油ガス供給装置が具有するこの「欠陥」を解消することを課題として、その解決手段として、本願考案の要旨の後半に示された「安全弁付き調整器2を排除して、代わりに、安全弁の作動ガス圧の許容下限を従来の水柱560mm以上より高い水柱570mm以上にした安全弁を設け、ガス出口側に設定以上のガス圧で作動する自動遮断装置7を設けた調整器6を高圧ボンベ1と前記各種ガス器具との間に設けた構造」を採用したものであることは、本願明細書(甲第2、第3号証)の全記載から、明らかである。

(2)  一方、引用例(甲第4号証)には、「従来システムのガス栓5の気密は、検定基準は水柱420mm以上、製品試験は水柱1000mm程度で行われるが、ホース等と共に使用や経年劣化に伴い気密は低下する。そのため調整器弁2cから高圧ガスが漏洩するようなことが生じても、気密低下部分からガス漏洩するようになると、低圧側のガス圧がその許容ガス以上に高くならないため、弁座2bに対する弁2cの圧接力もそれ以上強くならない。従って低圧側の気密が低下する程、弁座2bに対する弁2cの圧接力の限界も下がり、高圧ガスが漏洩し易くなる。」(同号証8頁左下欄17行~右下欄7行)、「調整器内安全弁2aの作動ガス圧は、弁2cが開かれた際の正常な最高ガス圧で作動しないように高く設定されている。 (作動ガス圧・水柱700±140mm)」(同9頁右上欄7~10行)、「低圧側のガス圧が規定以上に高くなったために、規定以下のガス圧では漏洩しないような条件のホース6の割れ目、嵌合部分、ガス栓5の摺動部分等から漏洩したと思われる例も多い。」(同頁左下欄13~16行)、「この発明は、液化石油ガスを高圧ボンベで直接供給して使用する従来システムの調整器2とガス栓5類との間に、低圧側のガス圧が設定以上に高くなった場合に作動する放出用安全弁類を設備した防災システムである。」(同9頁右下欄18行~10頁左上欄2行)と記載され、実施例につき、「第6図のように、放出用安全弁10の出口側に作動ガス圧が低い自動遮断装置11を併設すると、放出用安全弁10の作動ガス圧を高く設定できるので、弁2cの高圧ガス遮断力が強くなるため、無駄な漏洩ガス放散を防止できる。第7図は高圧ガス漏洩に対する最も効果的な防災システムである。従来の調整器2と安全弁2aをそのまゝ利用でき、自動遮断装置11の作動ガス圧は、ガス栓5入口側の閉塞ガス圧より若干高く設定し、放出用安全弁10の作動ガス圧は、自動遮断装置11の作動ガス圧より若干高く設定すると、ガス栓5入口側のガス圧は、どのような条件の場合にも、常時、自動遮断装置または放出用安全弁の作動ガス圧以下に保たれる。」(同10頁左上欄19行~右上欄13行)と記載されており、第6図には、安全弁10が調整器とは別体に調整器2の下流側で自動遮断装置11の上流側に設けられた例が、第7図には、調整器2内に安全弁2aが内蔵されているとともに、放出用安全弁10が調整器2及び自動遮断装置11の下流側に設けられた例が図示されていることが認められる。

これらの記載によれば、引用例考案は、「低圧側に、安全弁の作動ガス圧より低い気密検定基準を基に製造された元栓類、ガス燃焼器類、安全装置類、ガス導管継目などの中の一つ以上を設けた欠陥を具有する従来の液化石油ガス供給装置」の欠陥を解消することを課題として、低圧側のガス圧が設定以上に高くなった場合に作動する放出用安全弁と自動遮断装置を設け、放出用安全弁の作動ガス圧を自動遮断装置の作動ガス圧より若干高く設定するという構成を採用したものであることが、明らかである。

(3)  以上の事実によると、本願考案と引用例考案は、ともに、「低圧側に、安全弁の作動ガス圧より低い気密検定基準を基に製造された元栓類、ガス燃焼器類、安全装置類、ガス導管継目などの中の一つ以上を設けた欠陥を具有する従来の液化石油ガス供給装置」の欠陥を解消することを課題として、その解決手段として、審決認定の前示一致点に係る構成、すなわち、「ガス出口側に設定以上のガス圧で作動する自動遮断装置を設けた調整器を高圧ボンベと前記各種ガス器具との間に配設し、且つ、調整器には安全弁が組み合わされている構造」を採用したものであることが明らかであり、また、両者の相違点が審決認定のとおりであることは、原告も認めるところである。

そうすると、審決は、本願考案の本質を理解して、引用例考案との一致点、相違点を認定し、これにつき判断しているということができ、この点に、原告主張の誤りはないといわなければならない。

(4)  本願考案と引用例考案の相違点1が、上記のとおり、「低圧側のガス圧が所定圧以上になったとき作動してガスを放散する安全弁が、本願考案においては、調整器に内蔵されているものであるのに対し、引用例のものは、調整器とは別体に調整器の下流側で自動遮断装置の上流側に設けられるものである点」(審決書5頁6~11行)にあることは、当事者間に争いがない。

そして、ガス放出用の安全弁と調整器の組合せ形態としては、前示のように、引用例の第6図には、調整器と安全弁が別体のものが示され、その第1図及び第7図には、安全弁が調整器に一体に組み込まれたものが示されているのであるから、引用例考案における調整器と安全弁が別体の構成を、本願考案のように安全弁が調整器に一体に組み込まれた構成にすることは、当業者がきわめて容易に採用できたものであると認められる。

また、両者の相違点2が、上記のとおり、「安全弁の作動ガス圧が、本願考案のものにおいては許容下限を従来の水柱560mm以上より高い水柱570mm以上にしたものであるのに対し、引用例には、放出用安全弁10の出口側に作動ガス圧が低い自動遮断装置11を併設すると、放出用安全弁10の作動ガス圧を高く設定できる旨記載されているものである点」(同5頁13~19行)にあることも、当事者間に争いがない。

この点につき、引用例に、従来装置について、「調整器内安全弁2aの作動ガス圧は、弁2cが開かれた際の正常な最高ガス圧で作動しないように高く設定されている。(作動ガス圧・水柱700±140mm)」(甲第4号証9頁右上欄7~10行)との記載があることは前示のとおりであり、この記載によれば、ガス放出用の安全弁が調整器内に一体に組み込まれた調整器において、作動ガス圧を水柱560~840mmの範囲内に設定することは、本願出願前周知の技術であったと認められる。そうすると、安全弁の作動ガス圧の許容下限を水柱570mm以上とすることは格別予測しがたいような数値ではないと認められる。

そして、本願発明の効果は、本願明細書(甲第2号証)に、「自動遮断装置を設けるので、劣化した減圧弁から高圧ガスが低圧側に漏洩しても、屋内への高圧ガス流入を自動的に遮断するので、低気密のガス器具から高圧ガスが漏洩する従来の欠陥を解消し、その欠陥による屋内でのガス事故を根本的に防止する。安全弁の作動ガス圧を従来より高くすると、弁座に対する減圧弁の圧接力が強くなり、高圧ガス遮断力も高くなるので、安全弁から大量のガスが無駄に放散される回数や放散ガス量が共に相応に減少するので、経済的であり、放散ガスによる事故発生も相応に減少する。」(同号証38頁10行~39頁1行)と記載されているが、一方、引用例考案の効果として、引用例には、審決認定のとおり、「この防災システムは、使用中断中に高圧ガスが漏洩して低圧側のガス圧が設定以上に高くなると、作動ガス圧が低い放出用安全弁が作動してガスを屋外に放出し、ガス圧の異常上昇による屋内でのガス漏洩を防止する。」、「第6図のように、放出用安全弁10の出口側に作動ガス圧が低い自動遮断装置11を併設すると、放出用安全弁10の作動ガス圧を高く設定できるので、弁2cの高圧ガス遮断力が強くなるため、無駄な漏洩ガス放散を防止できる。」(審決書3頁18行~4頁2行)との記載があることは当事者間に争いはなく、これらの記載によれば、引用例考案においても、高圧ガスの漏洩の防止、無駄な漏洩ガス放散を防止できる効果を奏することが明らかである。

したがって、本願考案の作用効果をもって、引用例考案の作用効果に格別に優るものということはできない。

以上によれば、引用例考案の調整器とガス放出用の安全弁とが別体になっている構成を前記安全弁が調整器に内蔵されている構成として、その際、安全弁の作動ガス圧の許容下限を従来の水柱560mm以上より高い水柱570mm以上にする構成とすることは当業者にとってきわめて容易に想到できることというほかはない。

したがって、審決の相違点1、2についての判断に誤りはないといわなければならない。

2  取消事由2(実用新案法3条の2の規定違反)について

前示審決の理由のとおり、審決は、本願考案は、実用新案法3条1項3号に掲げる考案に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたから、同条2項の規定により実用新案登録を受けることができないとしたものである。

この場合、同条1項3号に規定する考案は、「実用新案登録出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された考案」であれば足り、その考案、(本件でいえば「引用例考案」)と実用新案登録出願に係る考案(本件でいえば「本願考案」)の考案者又は出願人が同一の者であった場合にも、例外とはならないものである。

取消事由2は理由がない。

3  以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決を取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

平成3年審判第21357号

審決

東京都東村山市廻田町3-19-13

請求人 蒔田義夫

昭和61年実用新案登録願第20977号「液化石油ガス供給装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和62年8月21日出願公開、実開昭62-133098)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1.手続の経緯・本願考案の要旨

本願は、昭和61年2月18日の出願であって、その考案の要旨は、補正された明細書及び図面の記載よりみて、実用新案登録請求の範囲に記載された次のとおりのものと認められる。

「低圧側に、安全弁の作動ガス圧より低い気密検定基準を基に製造された元栓類、ガス燃焼器類、安全装置類、ガス導管継目などの中の一つ以上を設けた欠陥を具有する従来の液化石油ガス供給装置の安全弁付き調整器2を排除して、代りに、安全弁の作動ガス圧の許容下限を従来の水柱560mm以上より高い水柱570mm以上にした安全弁を設け、ガス出口側に設定以上のガス圧で作動する自動遮断装置7を設けた調整器6を高圧ボンベ1と前記各種ガス器具との問に設けた構造の液化石油ガス供給装置。」

2.引用例

これに対して、拒絶査定の理由に引用された、本出願前国内に頒布された刊行物である特開昭51-22297号公報(以下「引用例」という。)には、

「詳細な説明に詳記したように、液化石油ガス類を、高圧ボンベ1で直接供給し、調整器2で低圧ガスに変え使用する従来のシステムに、更に、調整器2とガス栓5との間に、設定以上のガス圧になると、ガスを屋外等に放散させ、低圧側のガス圧が設定以下に保たれるように、放出用安全弁10を設けた防災システム。」

を要旨とする考案が、図面を引用して記載されており、更に、

「この防災システムは、使用中断中に高圧ガスが漏洩して低圧側のガス圧が設定以上に高くなると、作動ガス圧が低い放出用安全弁が作動してガスを屋外に放出し、ガス圧の異常上昇による屋内でのガス漏洩を防止する。」(第10頁左上欄第3行~第7行)、

「第6図のように、放出用安全弁10の出口側に作動ガス圧が低い自動遮断装置11を併設すると、放出用安全弁10の作動ガス圧を高く設定できるので、弁2cの高圧ガス遮断力が強くなるため、無駄な漏洩ガス放散を防止できる。」(第10頁左上欄第19行~同頁右上欄第4行)とも記載されている。

3.対比

本願考案と引用例に記載された考案とを、引用例に記載された考案は第6図に記載された装置を中心にして把握した上で比較すると、本願考案の「調整器6」、調整器6内の「安全弁」、「自動遮断装置7」は、それぞれ、引用例の「調整器2」、「放出用安全弁10」、「自動遮断装置11」に対応するものと認められ、両者は、共に、高圧の液化石油ガスを調整器で低圧ガスに変え使用する液化石油ガス供給装置に関するものであり、

「低圧側に、安全弁の作動ガス圧より低い気密検定基準を基に製造された元栓類、ガス燃焼器類、安全装置類、ガス導管継目などの中の一つ以上を設けた液化石油ガス供給装置において、ガス出口側に設定以上のガス圧で作動する自動遮断装置を設けた調整器を高圧ボンベと前記各種ガス器具との間に配設し、且つ、調整器には安全弁が組み合わされている構造の液化石油ガス供給装置。」

である点で一致し、次の点において相違するものと認める。

相違点1

低圧側のガス圧が所定圧以上になったとき作動してガスを放散する安全弁が、本願考案にいては、調整器に内蔵されているものであるのに対し、引用例のものは、調整器とは別体に調整器の下流側で自動遮断装置の上流側に設けられるものである点。

相違点2

安全弁の作動ガス圧が、本願考案のものにおいては許容下限を従来の水柱560mm以上より高い水柱570mm以上にしたものであるのに対し、引用例には、放出用安全弁10の出口側に作動ガス圧が低い自動遮断装置11を併設すると、放出用安全弁10の作動ガス圧を高く設定できる旨記載されているものである点。

4.当審の判断

これらの相違点について検討するに、まず、相違点1についてみると、ガス放出用の安全弁と調整器の組み合わせ形態としては、引用例の第5図または第6図にみられるような調整器と安全弁が別体のものも、第1図または第7図中の調整器2にみられるような安全弁が調整器に一体に組込まれたものも共に本願出願前周知のものであり、いずれの組み合わせ形態を採用するかは、当業者が適宜に選択することができたものと認められる。

次に、相違点2についてみると、調整器とガス放出用の安全弁が別体になっている引用例のものにおいて、自動遮断装置を設けることにより、ガス放出用の安全弁の作動ガス圧を高く設定できることが記載されているのであるから、ガス放出用の安全弁が調整器に組み込まれて一体になっているものにおいても、減圧弁の高圧ガス遮断力を強め、無駄な漏洩ガスの放散を防止するという同様の目的達成のために、前記安全弁の作動ガス圧を高く設定することが、当業者にとって格別に創意工夫が必要であったものとも認められない。その際に、設定するガス圧を水柱570mm以上に数値限定した点は、従来より前記安全弁の作動ガス圧を高く設定できるものであることを考慮すると、従来、水柱560mm以上に設定していたことからみて、格別に予測しがたいような数値とも認められない。

そして、本願考案は、引用例に記載のものから予測することができないような効果を奏することができたものとも認められない。

5.むすび

以上のとおりであるから、本願考案は、引用例に記載された考案に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるので、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年11月2日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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